バルセロナに着いたのは夜だった。半日も飛行機に揺られて疲れた後で腹が減っていた。ホテルの職員に教えてもらった近くのレストランで魚料理を注文した。スペイン最初の食事が美味かったのは助かった。

 翌日は午前中、オプショナルツアーに参加した。バルセロナ市内の半日観光である。そもそもスペイン語を全く話せず、英語も怪しい私のような個人旅行者にとってはツアーは安全弁である。街の様子をつかむのにツアーは利用できる。
 最初に行ったのはオリンピックの会場があるモンジュイックの丘である。ここではバルセロナの港を展望できる場所が格好の撮影スポットである。その後は聖火が灯されたオリンピックスタジアムを見学した。

 続いて見学したのはいずれもガウディの作品である。写真に掲げた二つの場所。バルセロナは芸術都市の異名を持つが、その多くは19世紀末から20世紀初頭の建築家アントニオ・ガウディに負っている。同じツアーに参加した女の子が

「なんかこのぐにゃぐにゃした感じが面白いよね」

と話していたが、これがまさにガウディの建築の個性である。地中海に浮かぶマヨルカ島の洞窟からインスピレーションを得たそうだが、ある種の「おとぎの国」を感じさせるような建築は現代でも異彩を放っている。
 
 未だ建築が続く「サグラダファミリア」はガウディの代名詞とも言える。正直「造り続けるのが目的じゃないか」と言いたくなるが、ガウディの志を継ぐ人が今も多いというのが重要である。日本人建築家の外尾悦郎氏もその一人で、正面の彫刻は彼が修復した
 サグラダファミリアには一時間近く並んだ末、上部まで登ったが、ここの遠望はそれだけ待ってでも見るに値する。展望して「感動した」と思ったのは久しぶりだ。

 それにしてもこのように世界遺産の建築物が街中に溶け込んでいるのは驚異だ。

 ガウディが活躍したのは、バルセロナが産業革命によってスペイン第一の経済都市に発展した時代である。沈滞しきっていたそれまでの2,3世紀が嘘のようにこの街は進取と自由の気風にあふれて活況を呈していた。ガウディの作品はそれを象徴する記念碑である。

 ガウディから少し後にバルセロナから三人の画家が輩出した。ピカソミロダリである。いずれも20世紀を代表する画家である(出身はピカソのみ南部アンダルシア地方)。彼等がガウディの作品を見て、大いにインスピレーションを与えられたのは想像に難くない。

 こうしてツアーはサグラダファミリアで終わった。ここから私の個人旅行が続く。

ガウディ作”グエル公園
バルセロナの象徴と言うべきガウディの代表作”サグラダ・ファミリア(聖家族教会)”。
サグラダ・ファミリアからのバルセロナ市街の遠望
バルセロナ@

ガウディの賜物

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サグラダファミリア正面の彫刻。日本人・外尾悦郎氏のものもある。