セビーリャを9時に出発。AVEがマドリードに到着したのは12時半だった。着いてみると、駅の構内に驚くべきものがあった。アトーチャ駅の構内中央を熱帯観葉植物が占拠していたのだ! まるで近代的な駅に植物園のような光景が展開しているのはなんとも不思議な感覚だった。

 タクシーに乗って無事にホテルに着いた時はホッとした。とりあえずチェックインして部屋に入った後、私は今日の予定をどうするか考えあぐねていた。というのもマドリードは治安が悪いと聞いていたからだ・・。

 「後進国」イメージが強かったスペインだが、近年は急速な経済成長を遂げていることで知られる。既にフランコ独裁政権の時代からある程度の成長は遂げていたが、本格的な発展は民主化を成し遂げた80年代以降である。成長の要因は外資を導入し、それに伴う形で国内産業を発展させたことだ。特に86年にEC(現在のEU)に加盟して後は加盟各国との経済関係を強めることで発展してきた。21世紀になってからも、平均5%近い成長を遂げている。急速な成長により一人当りGDP(購買力平価)ではついにイタリアを抜いたという(スペイン3万600ドル、イタリア3万500ドル、ちなみに日本は3万5000ドル)。イタリアで「振り向けばスペイン」とささやかれたのは最近だが、停滞するイタリアを尻目についに追い抜いたわけである。
 
 しかしその代償と言うべきか、治安も悪化している。私が出発前に聞いていたのは

「子供のスリ軍団がいる」とか

「街中で恐喝されても誰も助けてくれない」とか、

ロクでもない話ばかりだった。特にマドリードはその度合いがひどいと言う。

「パスポートをポケットに入れてると、スリに盗られるから気をつけてね(笑)」

とホテルのフロント嬢にたっぷりおどかされたので、重い気分で出かけたのだった。

 まず「ドン・キホーテ像があるスペイン広場に行って写真を撮った。ここはマドリード有数の撮影スポットである。その後にレアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ」に移動した。
 地下鉄で移動したのだが、幸い危険には遭遇しなかった。スペインに着いてからずっと「危険センサー」は高めに設定していたが、全く危ない雰囲気は無かった。たぶんスペイン政府も「治安悪化は観光立国に大きなマイナス」と考えて治安対策を徹底したのだろう。思うに危険回避は自分の心がけ次第なのでは、と考え始めていた。
 
 ベルナベウ・スタジアムはマドリード北部の新市街にある。非常に静かなオフィス街といった趣だ。だから私はすっかり油断していたのだ・・。
 いい気になって写真をバシャバシャ撮っていたら、褐色の肌の少女が近付いてきた。すると

「これにサインしてください!」

と来た。瞬時に「怪しい」と思ったので、その場を立ち去ろうとすると、彼女はなおも追ってきた。で、

「10ユーロ下さい!5ユーロでもいいのよ」

と英語でしつこく迫る。こんなのに屈したらズルズル付け込まれるので「No!」と拒否した。すると

バシッ!

と彼女は私の頭に一発見舞って立ち去ったのだ・・。

 経済成長するスペインには、同じスペイン語圏ということで中南米から大勢の移民が来るという。少子高齢化が進み、労働力が不足するスペインの底辺を支えているのは彼等なのだ。ただ当然ドロップアウトして犯罪に走る者も多い。私を殴った彼女もスペイン語を話していたことから、その一人と考えてよいだろう。

 これに懲りて私は「物乞いを避ける方法」をいろいろ考えていた(例えば「ブッディズムのお祈りだ」とか言ってデタラメお経を延々唱えるとか)。幸いその後そういう事態は起こらなかった。

 しかし私の心に「マドリードは危険な街というトラウマがしっかり刻まれたのだった・・。嗚呼。
マドリード中央のアトーチャ駅。 駅舎内部に熱帯植物が・・。
マドリード新市街は整然としたオフィス街。
レアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。 外からもその巨大さに圧倒される。
マドリード@

ベルナベウのカウンター・パンチ

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