次は1995年に発表されたラップ「DA・GA・NE」である。この少し前にラップ「DA・YO・NE」が大ヒットして、ラップブームに火を付けた。その関西版「SO・YA・NA」が発表された後、全国的にご当地バージョンが作られた。「DA・GA・NE」はその名古屋バージョンである。ローカル番組『ミックスパイ下さい』(CBC、TBS系)のスタッフが中心になって製作した。
だがねー だがねー 言わないかんがや そんな時だでよー (だがねー) (中略) 名古屋人は誰も「みゃあみゃあ」言っとらせん (猫は言うけどな) 全国の人に教えたろみゃー (しっかり言っとるがー) |
私は当時既に「若者は名古屋弁を話さない」という話をちらほら聞いていたのだが、「DA・GA・NE」から判断して「若者もこれぐらいの名古屋弁はしゃべっているのでは?」と推測していたのだ。実際行ってみて見事に肩透かしを食らわされた話は、すでに書いたとおりである。
近年「元気な名古屋」が全国的な話題になり、独特な巻き髪で象徴される「名古屋嬢」も広く知られるようになった。その名古屋嬢たちが話す名古屋弁もしばしば紹介されているが、そこで紹介されているのは「でら安いがー」というふうに「でら」や「〜がー」を主な特徴とするものである。これらはそれぞれ、従来「どえりゃあ」と「〜がや、がね」だった。下はドラマからの具体例である。’05年に放送されたTVドラマ『ナースマン』で香里奈(名古屋出身)演じる希美に名古屋の母親から電話がかかってきた、という場面である。
名古屋弁小説の規範となった清水義範著『蕎麦ときしめん』(講談社文庫)。続編の「きしめんの逆襲」も収録されている。 |
あと、有名なところでは『Drスランプ!アラレちゃん』であろうか。作者の鳥山明が名古屋出身なので、登場人物のセリフの端々に名古屋弁を混ぜている。アラレちゃんがよく言っていた「してちょー」が一番よく知られた例である。宇宙人のニコチャン大魔王に至っては、もろ名古屋弁を話している。
「何!おみゃーは名古屋弁をバカにする気かや!」
「来週が最終回だっちゅうもんで、戻って来たんだがや」
初回からいきなり名古屋弁を連発して、「宇宙人が名古屋弁をしゃべるのは止めてください」と御付の宇宙人に言われて、返したのが上のセリフである。
このように1980年代前半というのはマスコミを通じて名古屋弁が流布された画期的な時期なのは間違いなかろう。しかし「東海のことば地図」にもその一端が書かれているが、当時20歳以下の層では名古屋弁が急激に衰退し始めていたらしい。高度成長期以来絶え間なく続いた大幅な人口増加と新興住宅地やマンションでの核家族の増加によって、旧来の名古屋弁が受け継がれにくい状況が起こったと思われる。
こうした中で清水義範や鳥山明のように、全国に名古屋弁を発信し続ける動きが起こったのはどうしたわけであろうか?おそらく「外圧を利用して名古屋弁を再活性化させよう」という狙いがあったと思われる。生粋の名古屋人である彼らは、当時から多くの面で独自性を失い始めた名古屋を惜しむ気持ちがまずあったのだろう。そのタイミングで起こったタモリによる「名古屋ネタ」である。「バカにされたとしても、これを利用するなり、バネにして名古屋弁を活性化させたい」という気持ちがあったのではないか。それが狙い通りに運んだかはかなり疑問だが。
清水義範の本をさんざん愛読した私が、1990年代半ばに名古屋に来た時に感じた「イメージと現実のギャップ」の原因が上のような状況だったのは間違いないと思われる。
「名古屋嬢」が闊歩する名古屋の中心部、栄。彼女達の話す名古屋弁とは? |
前項でも少し触れたが、この項では「若者名古屋弁」の姿についてより詳しく紹介する。1980年代初頭から現在(2006年)にかけての名古屋弁の軌跡ということになる。
下は『東海のことば地図』に収録された、1980年代初頭ごろの若者の名古屋弁である。原文はカタカナ表記だが、読み易さを考えて、漢字かな混じり文に書き改めた。この頃既に若者の間では名古屋弁が衰退し始めていたようだが、それでも所々に名古屋弁の特徴が健在だったことが分かる。「〜がや、がね」の後裔に当る「〜がー」が既に現れていて興味深い。
「だで、ヤダー。前になったりする時、ヤバイがー。どえらいヤバイで、いかんがや」 「あのよー、時間がいっぱいあるで、・・・後は飲みに行くだろー。」 |
次の紹介するのは、1980年当時名古屋の高校生だった堀田あけみの小説『1980 アイコ十六歳』である。当時としては非常にリアルな形で「若者名古屋弁」を描写したようだ。私は当時の状況を知らないが、いかにも現実的で、かつ生き生きとした感じが伝わってくる。旧来の「どえれゃあ」が若者の間では「でえれえ」に変化していた様子がうかがえる。作者はこの小説で翌年文藝賞に輝いた。現在も小説家として活躍中である。なお、この作品は後にテレビドラマ化や映画化もされたという。
「なによ。おかあさん。あたし、今、仕事中だがね。いい加減子供扱いしんといてよ。あたしだって、で〜らがんばっとるが!仕事中だでさ。電話はいかんでしょう」 |
「そんなに大きな声出さんでもいいがね。あたしは、震度4以下の地震では、起きんのだわ。」 「あんだけ揺すったのに起きいせんのだもん。ナツミなんか半分泣いとったに。」 「おいしいて。食べてみやあ」 「やだなあ。うちんたらあ(筆者註;私達、の意)、でえれえ陰険だがね。」 |