バルセロナ最後の夜、私はバル(軽食屋)で夕食を済ませた(例によってレストランが8時半開始で、やむを得ず・・)。そしてホテルに帰った後、ある試みを実行することにした。
 バルセロナには同じホテルに3泊したわけだが、フロントの一人がメガネをかけた非常に気のいい兄ちゃんで、それまでに会う度に会話していた。最後の夜、帰ってくるやそのフロント氏に言った。

地元の言葉カタランカタルーニャ語)”を教えてくれないか?」と。

旅行に行った先の地元の言葉を調べるのが私の習い性である。それをスペインでも実行したわけだが、スペイン語をほとんど知らないのにこういう質問するとは、私も無茶者だと思う。

 既に述べてきたとおり、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方は独自性の強い地域だが、その象徴となっているのがカタルーニャ語」である。これはスペイン語の方言ではなく、独立言語である。ただし両者は同じラテン語から分かれた兄弟語」というべき関係にある。
 ラテン語とは「ローマ帝国の公用語」で、これが変化してスペイン語、さらにフランス語、イタリア語が生まれた。カタルーニャ語もその系統で、スペイン語とフランス語の「橋渡し」的な特徴を持つ。具体例を一つ挙げれば、「こんにちは」は

スペイン   ブエノス・ディアス(Buenos dias)
カタルーニャ
ボン・ディア(Bon dia)

となる。後者はスペイン語をつづめたように聞こえるが、フランス語の「ボン・ジュール」とも似た感じを受ける。ちなみに「ブエノス、ボン」は「good」の意。私はこれについては知っていたので、初日からフロント氏はじめバルセロナ市民に使いまくっていた。

 話をフロント氏とのやり取りに戻す。
 私の期待に反して氏は「自分はよそ者だから、カタランをあまり知らないんだ」と言う。私は一瞬動転したが、「じゃ、どこ出身なんだ?」と聞くと
 「ヒホン
という。北部海沿いの工業都市である。私はそこをサッカーチームの名前から知っていたのでその旨を告げると、フロント氏は地球の反対側の若者が田舎町である故郷を知っていることに驚きながらも喜んでくれた。
 
 ただカタルーニャ語の件は答えられないので、地元出身の同僚を内線電話で呼び出してくれた。
 私が到着したバルセロナ人のホテルマンに聞いた例文は「これは何ですか?」をどう言うか、である。下でスペイン語とも対照させて示す。

スペイン   ケ・エス・エスト? (? Que es esto?)
カタルーニャ
 ケ・エス・アショ?(Que es aixo?)

これを見れば、両者の違いと共通点が分かるだろう。「」に当るのが「(que)」である。ちなみに同じラテン語系のフランス語・イタリア語でも(que, che)」と言う

 カタルーニャ語はこのようにスペイン語との共通点を持ちながらも独自性を持って発展したのだがフランコ独裁政権の時代に徹底的に禁止された。当時の公衆電話の受話器を取ると、まず「スペイン語を話せ。でなければ全国民の敵だ!」というメッセージが流れたという話もある。 

 しかしカタルーニャ語はこのような閉塞状態を耐え抜き、フランコ死後の民主化で華々しく復活した自治州となったカタルーニャでスペイン語と並ぶ公用語」となったのである。「公用語」とはつまり公的な場所で必ずスペイン語と並んで使われるということである。それはスピーチ、文章など「不特定多数の聞き手に対する文体」が確立しているということでもある。この点で「親しい者同士の会話」に限定されている日本の方言復興とは次元が違う。
 現在カタルーニャ語は日常的に地元で使われており、復興は成功したと言える。バルセロナは大都会なので、スペイン語を使う場面も多いが、カタルーニャ語での会話が主流だという。フロント氏もある程度はカタランを知っているということだった。

 ところで私はフロント氏にカタランを習うという目的は達せられなかったが、持っていた旅行ガイドブックで彼の故郷近辺のページを見せたり、サッカーの話をしたりして大いに最後の会話を楽しんだ。彼も地元の話を日本人と思いがけずできて非常に喜んだ様子であった。
 名残惜しいが、これでバルセロナとお別れだ。私は部屋にあったホテルのガイドから「良いご旅行を」を意味するカタルーニャ語の文をスペイン語と共に書き付けた。

スペイン  ) Le Deseamon una Feliz Estancia!
カタルーニャ) Li Destigem una Felic, Estanda!

バルセロナ・カタルーニャ総括

半独立国のシンボル(カタルーニャ語・考)

図3: スペイン言語地図
バルセロナ港のヨットハーバー
’92年に五輪が行われたオリンピック・スタジアム。現在は陸上競技のほか、サッカーチーム・エスパニョールの本拠地としても使用されている。
ガウディ作・グエル邸
バルセロナ新市街の路面電車(トラム)。バリアフリーや環境への配慮を重視した最新車両。
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