マドリード最終日は、午前中に市内ツアー、午後は単独でプラド美術館に行くことにした。
 ツアーの集合場所は前日と同じ「ホテル・カリフォルニア」。ここで前日のトレド・ツアーで知り合った老夫婦と再会した。二人は別のツアーに参加するとのことだったが、何か縁を感じた。

 私の方のツアーは、スペイン広場で写真撮影、そして二日前に行ったソフィア王妃芸術センターに行った。作品は見たものばかりだったが、解説がついたので理解を深めることができた。この後はバスで市内をぐるぐる回って散会となった。
 
 さて、プラド美術館である。外観からして宮殿」といった趣だ。1819年開館ということで、「新古典派様式」の建築である。当時の考古学的発見を受けて古代ギリシア・ローマの建築への関心が高まり、「円柱」やすき間に「彫像」を配するという建築物が多数建てられた。ここはその代表的なものである。
 宮殿らしい外観なのは、スペイン王室のコレクションを展示したものだからだ。エル・グレコベラスケスゴヤ三大画家を中心に前近代の絵画を展示している。一時オランダ・ベルギーがスペイン領だったので、ファン・ダイクルーベンスなどオランダの画家の作品もある

 まさに存在そのものが「世界遺産」である。見学には少なくとも3時間は必要だ。しかし歩き疲れと絵画の多さ(それを一々鑑賞・・)によって、疲労は蓄積する。こういう客のため、一室に必ずベンチがあるのはありがたい。

こうした所の常で「撮影禁止」なのだが、どういうわけかアメリカ人らしき男性が写真を撮って係員に怒られていた。当然デジカメの写真はその場で「削除」・・。


 さて「三大画家」のうち、エル・グレコのことは述べた。後の二人は、スペイン人でしかも宮廷画家であるベラスケスは17世紀、ゴヤは18世紀から19世紀初頭に活躍した。二人の軌跡はスペインの歴史と重なり合っている。
 私はベラスケスについては「官女たち」という作品だけで、その生涯をよく知らない(美術館の正面に彼の銅像がある)。ゴヤの方は興味深い。

 ゴヤは「成り上がり」だった。アラゴン地方の職人の子として生まれた彼は、同地方の首邑サラゴサでホセ・ルサーンの門下に入ることで画家として足がかりを得た。師のルサーンは宮廷画家に嘱望されたほどの人物だった。そしてイタリアで技術を磨いた後、30歳で王室関係の画工となり、40歳で宮廷画家となった。ここまでは順調な「出世物語」といった感じだ。
  「宮廷画家」としての前半は「淡いタッチ」の画風が特徴的なものの、順調に出世してきた人生を反映してか、私はあまりこの時期の絵に強い印象を持っていない。もちろん王室一家を描いたカルロス4世の家族」、そしてスキャンダラスな話題を提供した裸のマハなど後世に残る作品もあるが(後者により、後に宗教裁判にかけられることになる)。

 しかし後半生のゴヤは、スペインの激動の世相を反映してか、非常に特徴的な作品を残すことになる。

 18世紀スペインは緩やかに復興したが、19世紀は激動に揺れ動く
 その最初がフランスのナポレオン侵攻だった。フランス革命でブルボン王家が倒され、その分家が支配するスペインへの「革命の輸出」ということである(ついでながら、この混乱に乗じて、中南米の植民地がスペインから独立した)。ナポレオン軍は「王家の圧制からスペイン国民を救う」と謳っていたものの、スペイン国民の激しい抵抗にあった。これを以って「スペインの後進性」と指摘する向きもあるが、実際にはフランス軍の過酷な占領政策や、占領国民への蔑視がスペイン人の怒りを引き起こしたのであろう。

 ゴヤの「1808年5月3日」は、このフランス占領軍が反乱を起こしたスペイン国民を処刑する場面を描いている
 これ以後、ゴヤは「我が子を食らうサトゥルヌス」など、人間の暗黒面を描いた作品(「黒い絵と称されるを描き続けることになる
 「成功した宮廷画家だったが、祖国の激動が画家の人生観に大きな転換を強いたのは間違いない。自身も聴力を失って人生を省みる心境になっていたことも大きいだろう
 実際これらの作品を見ると、作品の「暗さ」と「重さ」が心の奥まで迫ってきたのだった。この晩年の作品群によって、ゴヤの絵は陰影と厚みを増し、後世までその名声が伝えられることになったと思われる。

 このようにプラド美術館は、絵画によってスペインの歴史と人々の軌跡を伝えているのである。美術の観点だけでなく、さまざまな意味で興味深い。

 ところで展示物の大半が絵画だが、「彫像」も所々にあって、いずれも素晴らしい。
 古代ローマ・ファンの私にとって、歴代ローマ皇帝の彫像群は感動物だったカエサルネロハドリアヌスなど有名皇帝だけでなく、数ヶ月しか在位しなかった「マイナー皇帝」の像があったのは笑ってしまった。塩野七生『ローマ人の物語』の写真で見ていたが、間近で実物を見ると、迫力が違う。

 こうして私のスペインでのスケジュールがほぼ終了した。プラド美術館で締めくくったのは良かったと思う。
 帰りに「銀座」という寿司屋で、3000円以上の寿司盛り合わせを食べた。お金をかけた分、感動が倍加したのだった。

宮殿を思わせるプラド美術館の外観。「世界遺産」の絵画を見ようと、世界中から人々が訪れる。
風格を感じさせるプラド美術館のチケット売り場
上) プラド美術館の敷地内にあるゴヤ像

下) 美術館正面のベラスケス像
王宮周辺の街並みは優美である。
マドリードD

プラド美術館 または「美の王宮」

先頭ページへ戻る
最終ページへ