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②やっぱり松本には方言はないのか?
上では主に地域意識と方言意識について見たが、ここでは具体的な方言の特徴について見ていく。

 松本方言は「中信方言」に属す(諏訪市、伊那市もこれに属すが、言い回し・単語で細かな違いがある)。まず言い回しで特徴的なのが、下の3つである。

①推量
「~ずら(~だろう、でしょう、 明日の天気は雨ずら、あそこに見えるずら等)」
②断定「~(」(~(よ、 美味しい肉だじ、あそこにある等)
③確認「~だいね」(~だよね、 明日雨が降るだいね、今日は休みだいね等)

①は信州の大部分および中部地方の広範囲に分布し、②③は松本周辺のみある(②の語源は「~ぞい」で、東京語の「~」と同根であろう))。しかしインフォーマントによれば、若者ではこれらの使用は「1,2割」で主に祖父母と同居する人に限られるという。多くは東京語化しており、『地域語研究論集』の中学生調査もこれを示している。つまり「~ずら」「~だじ」など特徴ある言い回しは衰退傾向と言える。

 しかしごく少ないが、若者にも広く使われている方言的言い回しで以下のものがある。

④強調「~((~なんだよ、 そうだだ、元気だっただー?、もう終わっただー等)
⑤軽い敬意の命令形「~(し)ましょ」(~して下さい、 
              まあ上がり
ましょ、 たくさんあるから食べましょ
等))
⑥理由「~もんで」(~(だ)から、 雨が降るさー、バイトがあったもんで等)
⑦逆接「~だに」(~(な)のに、 せっかく作っただに、だから言っただに等)
⑧自己主張「~じゃんね」(~(んだよ、 あたしワッフル好きじゃんね等)

これらは多くが、共通語と語形は同じでも意味が異なる気づかれにくい方言」ゆえ使われている面がある(他に、勧誘の「~じゃん(行くじゃん行こう)」もあるという情報があったが、インフォーマントからは確認できなかった)。
 もっとも、独特な方言単語(俚言)も生活に密着しているゆえにさかん使われ続けているものもあるずく(根気、やる気)、うつかる(寄りかかる)、つもい(きつい、窮屈)、とぶ(走る)じっと(しょっちゅう)、いただきました(ご馳走さま)などがその例だ。
 以上から気づかれにくい方言、俚言は結構残ると言えるのではないか。

 現状を見る限り、松本地方の方言の将来は厳しいと言わざるを得ない(松本より大きい長野市ではこの傾向はより進んでいると思われ、これらの周辺農村部への影響も大きいであろう)。しかしあるアンケートで7割以上が「松本のことばを好きで残したい」と言っている。またテレビ番組『方言彼女(テレビ埼玉など全国11局)』で松本の方言を使う若手女優・望月一花が登場している。
 このように方言をプラスイメージに転じる試みが定着すれば、もしかすれば将来も新たな道が開けるかもしれない。これは共通語化が進む他地方の方言にも指針となろう。

 他地方との交流や教育のためには共通語は当然習得されるべきだ。しかし方言など複数の話し方が共存することはイノベーションを刺激して文化の創造にもつながると思うし、地域住民としての帰属意識も高める効果がある。
 このような希望を持ちつつこの項を終わる。


蔵のあるまち(松本市中町)。商都として栄えた江戸期の建物を再利用した店舗が集まっている。
旧開智学校。1873年設立の最古の小学校の一つ。信州の教育熱を象徴する。明治洋風建築の代表で、現在は博物館となっている
松本駅前の光景。人口24万で、信州中部の中心として栄える。よく整備され、都会的な雰囲気を漂わせる。

①松本って、どんな所?
ここでは松本市とその周辺地方の方言について大まかながら述べていく。

 松本市は人口24万(2012年)、長野県第2の都市で、中信地方(県中央部)の中心都市である。松本の性格を表すのは3つの「ガク都」である。第一は「岳都」で、北アルプスの一部である穂高連峰を有し(ふもとの景勝地が上高地)、市民が山に親しみを感じていることによる。登山目的の観光が市の重要産業でもある。第二は「学都」で、教育熱が高く、旧制松本高校(信州大学の前身)が置かれたことにちなむ。第三は「楽都」で、小澤征爾が指揮を執る「サイトウキネン・フェスティバル」など音楽活動が盛んなことを指す。
 地方都市でありながら都会的雰囲気のある場所である

 こうしたことと関係するのか、方言の独自性をあまり主張しないという傾向が強い。インフォーマントに方言名称についてたずねると下のようになった。

 方言名称     松本のことば?        

信州の多くの地方に共通するが、「~弁」のような名称で地元方言を呼ぶことが少ないようだ。上で読み取れるのは、「松本地方という独自の生活圏は意識するものの、方言の独自性にこだわりが少ないということを示していると思われる(県全体を意識した「信州弁」という名称も定着していない)。
 この独自性の主張の弱さには東京との関係が深いということが関係しているようだ。東京あるいは名古屋との距離を見ると名古屋の方がやや近いが、特急列車の本数の多さなどアクセスについては明らかに東京寄りだ。当然ながら経済的・人的交流も多く、東京圏の人が移住することも多いようである。

 言語生活について見ると共通語主流社会で、日常会話も東京語寄りと言える。「学都」と関連するが、戦前から多くのよそ者を受け入れてきたので外部に開放的な土地柄がはぐくまれたようだ。また教育熱の高さは「理想モデル=東京」という観念を普及させたのは間違いない。
 余談だが、2011年のNHK朝ドラ『おひさま』(井上真央主演)は昭和初期の安曇野・松本を舞台としたが、登場人物のセリフが3類型に分けられる。

①主人公とその家族は東京からの移住者で東京語
②主人公の夫一家と友人(満島ひかり)は松本市民で、やや特色ある方言を話す
③安曇野の農村住民は方言色の濃いことば


もちろんフィクションだがが、戦前から東京との関係の深さやその憧れはかなり事実の反映と見てよいだろう。
 実際に松本地方の方言を見ると
もともとの方言も東京語と共通点が多いということが言える。(1)で見たように、

東京式アクセント 断定の「~」 動詞進行形「~(し)てる」 否定形「~ない

がその例だ。発音も「ai →ee」(赤い→赤(あ)けー、ない→ねー等)など関東と共通する。こうしたことも共通語≒東京語への同化傾向に拍車をかけたと思われる。

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松本城とアルプスに抱かれて

(補)                                                ~信州中部・松本地方の方言展望~

 松本城天守閣と内堀。城が見守る人々の将来はどのようなものになっていくのだろうか。
旧制高等学校記念館。全国の旧制高校と学生たちについて多くの資料を展示する。旧制松本高校の敷地内にある。
松本城天守閣。松本の街の象徴。黒い天守に赤い欄干の橋が映える。晴れた日には背後にアルプスを望める。
インフォーマント 安曇野市出身20代男性
高校は松本市に通学、大学より名古屋
(調査年次 2005年)