図6.1:静岡県全図と地域区分

 しかし「それは過去のこと」とも考えられる。上で述べたように両県の方言はもともと東京語など関東方言に近い面を持っているし現在では経済的に東京志向が強い。となれば、「特に若者ことばは東京語と同じと考えるのが自然だし、私も無意識的にそう思っていた。

 そんな私が「静岡と長野にも方言があるのでは?」と思ったきっかけが

  三遠南信地域交流

の存在を本で読んでからだった。「三遠南信」とは「三河愛知県東部)、遠州静岡県)、南信州長野県南部による、県境を越えた隣接地域の交流圏」ということである5.3(2)参照)。この三地域は地形的にもつながっており、さらに生活文化、言語的にもつながりがあるということだった。これがこれらの地域に興味を持つきっかけになった。色々調べ、また幸いにもこれらの地域出身の友人がいて、話を聞いた。その結果、
東三河(愛知県東部)との連続性がある ということがはっきり見えてきた。さて以上の背景から、この章の記述の中心は、上の二つの図において円で囲まれた地方であり、

・静岡県では西部の遠州地方中心は浜松
・長野県では南部の
南信地方中心は飯田

となる(それぞれの県の中心部の言語状況については、比較の対象として補足的に取り上げる)。東三河の方言を取り上げた
5.3節を読まれた方は、本章をそれに続くものとして読んでもらいたい。
 このような構成にしたのは、「0.はじめに」で述べたように「各地域は他地域とさまざまに交流しながら独自の文化を発展させた。孤立的な地域イメージは誤り」という主張したいためである。そして何かと辺境として扱われがちな地域の人々に、地元が広がりを持った可能性があると分かってもらいたいということもある。先走って言えば、それが名古屋を中心とする東海地方を越えて、地域観察を行った結論である。

 方言に話を移すと、
かつては「〜ずら」、 現在は「〜だら」が特徴的 となる。
 
この面で愛知県の東三河との連続性は明らかである。なお、「〜だら「〜ずらが変化したものである。ここから両地域は変化しつつも、現在でも独自性ある方言が保たれている、と言える。

 以上の点を念頭に置いて、いよいよ静岡と長野の方言の実相を検討していこう。

6.1 「界を越えて」見えたもの 〜越境の東海方言学〜

6.2 よそ者は知らない本当の静岡 
     〜西部・遠州地方を中心に〜


6.3 信州 海への道 
〜長野県の方言 南信州を中心に〜

〜静岡と長野の方言模様〜

浜名湖(浜松市)。東海道を東西に隔てる広大な湖。西の琵琶湖(滋賀県)と並び称される景勝地でもある。

この章では、静岡と長野の方言を解説する。と言っても、
この二県に方言があるの?
という反応が一般的ではないだろうか。何より私自身がそうだった。


 もちろん常識で考えて、かつては方言があったことは疑いない。通説によれば、静岡と長野の方言は東海・東山方言に属す。岐阜県の項でも述べたが(3.1参照)、「東日本方言と西日本方言の移行地帯」とされている。その中でこの二県はその方言区の東部に位置し、断定の文末詞が「〜」であるなど東海・中部地方では 東日本的な特徴を持つ方言
だという(厳密には一部に西日本的特徴を持つ方言もある)。さらに独自の特徴として、推量・同意確認の助動詞(「〜だろう」の意味)が「ずら」であることも知られている。

東海夢華録 の表紙へ
うず

6.1

東の埋(うず)み火

〜越境の東海方言学〜

さらに東へ北東へ 海道・山道をゆく

6.

図6.2:長野県全図と地域区分

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