(補)

県都・静岡市の方言とは?

〜遠州弁と静岡市方言の比較〜

ここでは、県庁所在地・静岡市の方言を概観しよう。
 外部からの印象では
静岡市の方言は 東京語に同じようなものというイメージ が世間一般に流布している感がある。
 歴史を見れば、静岡市など駿河地方は戦国期まで今川氏の本拠地で京風文化が栄えたが、徳川家康が3番目の本拠とし、後には隠居所として「大御所政治」を行った。また最後の将軍、徳川慶喜は静岡に隠棲し、それに伴って大勢の幕臣が静岡に移住した。このように江戸期以降、静岡市は江戸=東京との関係が強まり現在はそれが強化されている
 言語についてもそのような歴史的展開が投影されているのだろう。かつては独自の方言があったにせよ、現在はほぼ東京語に同化したような印象を持ってしまうのである
 ところが私が実際に調査したところ、必ずしもそうではないことが明らかになった

 以下では、伝統的な静岡市方言を概観し、ついで前項までの遠州弁の言い回しと比較することで、現在の静岡市方言の姿、ないし言語状況を明らかにしていく

静岡駅前の光景。 静岡県の県都にして、人口70万の政令市。近年は新たなオフィスビルが建設され、発展を遂げている。
三保の松原(静岡市清水区)。「天の羽衣伝説」が残る名勝。松林と駿河湾、そして富士山が一度に見える様は絶景だ。
徳川家康像駿府城跡にある。今川氏の人質時代、独立大名時代、大御所時代と3度に渡って過ごし、現在の静岡市の基盤を築いた。
 城跡は城壁や櫓など一部のみ復元されたが、発掘調査と公園整備が進められている。
@静岡弁と言ったら、「〜ずら」?「〜だら」?
A静岡弁は「みゃーみゃー」言う?
インフォーマント ・静岡市(中心部)出身、10代後半男性
・静岡市(中心部)出身、10代後半女性
(調査年次:2010年)

静岡の方言と言えば、北原白秋の「茶っきり節」の一節にキーワードがある。

きゃーるが泣くんて、雨ずら  (カエルが泣くから、雨(が降る)だろうよ)

 「〜ずらは推量や同意確認の助動詞で「〜だろう」の意味である。
 他のところでも述べたが、静岡弁は東海・東山方言に属し、「〜ずらはその主要な要素である。したがって「〜ずらは静岡市など駿河地方のみならず静岡県全域、山梨、長野、愛知などに分布している。それが「”ずらは静岡弁」というイメージがあるのは北原白秋のおかげである()。

 しかし静岡市を含め、多くの地域では「〜ずら「〜だらに変化している。ずら → だら、の転換が起こった時期は専門家の調査によれば、1950年代から60年代にかけてだという。インフォーマントの一人が「老人が”ずら”を使う」とも言っていたことからも、それは裏付けられる。変化の理由は三河弁や遠州弁のところでも考察したので、省略する。
 まとめれば、
静岡弁は、推量・同意確認で かつては「〜ずら」、新しくは「〜だら」を使うのが特徴 ということになる。
 さらに推量・同意確認には「〜ら」も使う という特徴もある。「〜ずら」→「〜だら「〜の使い分けは、一般的には

・「〜ずら」→「〜だら」は、体言(名詞など)、および用言(動詞、形容詞)に接続可能
 (ずらだら、 行くずら行くだら、 寒いずら寒いだら
・「〜は用言のみ接続可能  (行く 寒い

と言われているが、地域差があるなど異論もある。それについてはこれ以上立ち入らない。
 
 ところで、「静岡市の若い世代では「〜ずら」、さらに「〜だら「〜も使われなくなった」ということを山口幸洋が述べており、他にも多くの証言がある。しかし私が調査したところ、必ずしもそうではないことが明らかになった(後述)。

 なお上の歌詞では、カエル=きゃーる、〜から=んて、というのも静岡弁の特徴とされている。後者の「〜んては理由を表す接続詞で、静岡市など駿河の方言として独特である。前者の「きゃーる」は下で説明する。



 江戸時代の駿河方言では、推量・同意確認の表現は「〜」だったという(行くだろう行か)。これは駿河出身の十返舎一九が『東海道中膝栗毛』でも書いているので、間違いない。
 これが「〜ずら」に変わったのは、明治になってからと思われる。

上の「茶っきり節」で、カエル=きゃーる、というのも静岡弁の特徴として表れている。

 これはai, ae → eaとなる連母音融合現象であり静岡弁の発音の特徴である(例、 赤(あか)い→ けゃあ、 お前→めゃあ)。これは俗に「みゃあみゃあ音」と呼ばれる名古屋弁の特徴として知られている。
 しかし
かつての静岡弁では みゃあみゃあの発音が特徴的 であったのは間違いない。他のところでも述べたが(第2章(3)を参照)、みゃあみゃあ音は、名古屋だけでなく各地に散在しているのであり、静岡県中東部も使用地域の一つということである。なお、近くでは山梨県東部も使用地域である。
 これが名古屋弁と違って、「静岡弁の特徴」として有名にならなかったのは「〜ずら」があまりに印象的だったからだろうか。
 発音の特徴では、東日本の広い地域と同じく、ai → ee(赤(あか)い→)となることもあった。

 もちろん中年以下の世代では共通語化でみゃあみゃあ音の発音は消滅した

久能山東照宮。日光と並ぶ、徳川家康を祀る廟所。近年、国宝に指定された。併設の博物館には徳川将軍家の宝物が展示されている。
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清水港の波止場。日本有数の漁港で有名であり、観光船やヨットの停泊場もある。駿河湾の光景が美しい。