B今の静岡弁は本当に東京語と同じか?
静岡市中心部。静岡駅から展望する。発展を続ける街とそこのことばはどのように変わってゆくだろうか。
方言名称  静岡弁?  普通のことば?

静岡駅。発展する静岡市の玄関口として多くの人が行き交う。オフィスビルの建設に伴い、駅前広場も整備された。
方言名称から分かるのは、
静岡市の人にとって 地元の言葉と共通語≒東京語との違い意識が曖昧 ということである。
 老年世代の静岡弁には多くの独自性
があったことは知られているが、若い世代になるほど共通語化している。若者であるインフォーマントは「違いはあるだろうが、どこが東京語と同じで、どこが違うか分からない」と言う。このあたり、名古屋と同様に、実態面での東京語への接近・融合によって意識面での東京語とのボーダレス化境界線消失)」が生じたと言えよう(2(1)の図1参照)。
 ただし注意すべきは、若者がひたすら東京語に同化しているわけではなく、静岡の独自性もある程度は重要に思っているということである。


・次に遠州弁県西部、浜松などの方言との違い意識についてである。
インフォーマントによれば、静岡市方言と遠州弁との違い意識は明瞭 である。遠州弁の印象については「荒っぽい、聞き取りづらい」とのことだった。
 客観的に見れば、断定の文末詞「〜だに(〜だよ)」や否定の助動詞「〜が静岡弁と異なっている。また俚言方言単語での違いも多い。静岡市民のインフォーマントの認識は、ここから来ているのは間違いない。
駿府城跡。城門は忠実に復元され、風格がある。
エスパルス・ドリームプラザ。Jリーグ、清水エスパルスのグッズショップを中心に、アウトレットモールや地元名産の販売店、さらに映画館や遊具施設もある。清水港の波止場に位置する。

 上の表では、静岡弁(静岡市独自の方言)についての地元民の認識を見た。若者ほど東京語に近いという意識を持っているのは不思議ではない。
 ただ、伝統的な静岡弁でも東京語と共通点は多かったということはある。東京式アクセント断定の文末詞「〜」が代表的だ。さらに
静岡市付近は 否定の「〜ない」を使い、 東京語に近い性質を持つ ということも重要である。5.3(1)の図5.4を見れば、静岡市など駿河地方から否定の助動詞「〜ない」を使っている。否定の「〜」/「〜ないの境界線は、駿河と遠州の国境である大井川と思われがちだが、実際にはそれより東に食い込んだ、島田と藤枝の間である。これは東西方言の境界線ということで重要である。
(なお、「〜ないは老人層では静岡弁の発音癖に従って「〜ねゃあ」「〜ねー」となることが多かった。)

 このようにもともと東京語と共通点が多く、若者においてはそれが甚だしいが、インフォーマントの取材から東京語に近づく面もあるが、 若者の静岡弁にもいくらか独自性はある ということが明らかになった。

 ただ、静岡市の若者言葉は東京語化したと、特に同じ県内の他地方の人から指摘がある。その最たるものが「〜だら」「〜を使わないということである。これらは「〜っしょ」や「〜(よねなどに置き換えられているようだ。
 しかしこれも二人のインフォーマントによれば、「”〜だら””〜若者でも、男女共に結構使っている」という。下の用例では、いずれも「〜だら」「〜」を使うという証言が得られた。

・明日はたぶん雨だら
・疲れた時はどうしても休みたいだら
・そういうこと、あんまり言わないら

私も静岡市で若者の友達同士の会話を聞いたところ、確かに時折耳にすることができた。これらを総合すれば、静岡市の若者言葉では 昔に比べれば確かに「〜だら」「〜ら」の使用は減り、 「〜っしょ」「〜(だ)よね」が多くなったが、 親しい者同士の感情を込めた会話ではかなりな程度使っている
のである。
 付言すれば、一番下の例文において、「言わないらと言うのが言わんらと言う遠州弁との際立った違いとして示されており、興味深い。

 ほかに6.2(4)の遠州弁の言い回しと比較すると、「〜だよ」(〜なんだよ)、 「〜(」(〜しなさい)、 「〜じゃんね」(〜だよね、だよ)、 「〜もんで」(〜だから)、 「バカ〜」(とても、すごく〜)は全域の遠州弁と共通しており、若者の静岡市民も使っている。また「〜だけん」(〜だけど)、 「〜っけ」(既に〜している、 完了)など東部の遠州弁とはさらに共通点が多くなる。特に「〜っけはむしろ静岡弁の代表格と言っていいほどである。

・ゴメン。さっきまで風呂に入ってたから、電話に出れなかっただよ
・明日は早いから、もう寝な
・俺、洋楽好きじゃんねー
・すごい怒られたもんで、へこんだよ。
・あそこのラーメン、バカ美味しいら。
・一応やる予定だけん、どうなるか分かんないよ。
・もう宿題はやったっけよー

この中で特に「〜っけありがとうっけ」「ゴメンっけやー」のように使われ、今に残る静岡市方言の代表格と言っていい。
 一方、「〜だかしん(〜かもしれない」と「〜(てごー(してごらん)」は若者では一部の話者がいるのみだという。

 以上をまとめれば、若者の静岡弁はかつてよりは東京語に近づきつつも、まだ独自性は保っており、地元の若者はそれを肯定的に見ている、ということが明らかになった。
 今後も静岡市は発展を続けるだろうが、ことばという無形の文化でも豊かさを保つことが望ましい。それは地元の人々の意識にかかっている。

 余談だが、静岡市周辺の焼津ではさらに方言色が濃くなる。さらに東の駿東地方沼津富士市)でも「行ったさ(行ったんだよ)」、「違うら(違うよね)」など、軽い感じながら独自の方言が若者にも話されているということも付け加えておきたい。

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三保の松原の松林とそこから見た駿河湾の光景