筆者には次のような体験がある。クラブ活動で名古屋市内の小学校にて演奏したことがあるのだが、下はその時のやり取り。 私 :何やってるんだ? 小学生 :別に何もしんがー!(何もしてないじゃん!) 私 :名古屋弁丸出しだな(笑)。 小学生 :だって名古屋人だもん! |
(上)栄で最も賑やかな広小路通りの昼の光景。 (下)夕暮れの栄中心部。 |
名古屋大学にあった売店「パンだが屋」だがや |
名古屋弁の代表格!として人口に膾炙している「〜だがや」(「だぎゃー」とも)、「〜だがね」。 「〜がー」はこの「〜がや、がね」の変化した形である。
『名古屋方言の研究』によると「〜がや」の語源は、接続助詞から転じた感動助詞「が」+疑問の意を含む感動助詞「や」、だといい、「〜であろうが、そうだろう」というように「確実な出来事への同意を求める」というのがそもそもの意味だったが、後に「〜だわ」の強い形、すなわち(〜だよ)の意味も含むように使われていたらしい。「〜がや、がね」は近隣の岐阜や三河でも使われているが、(〜だよ)の意味でも使うのは名古屋弁の一大特徴だったようだ。しかし「〜がー」では(〜だよ)の意味はなくなり、相手に感嘆した場合や同意や相づちを求める場合にのみ使われている。最近では新名古屋弁の代表格のように扱われている。前にも書いたが、「がー」と伸ばす形だけでなく、軽い調子で「が」と付けることも多い。よその人は「〜けれど」の意味で取ってしまい、「けど・・、何なんだ?」と言いたくなるかもしれない。清水義範は『笑説・大名古屋語辞典』で「主に若い女性が使う」と書いてあるが、男女共に使い、どちらかと言うと男性の使用の方が多い。
しかしこれも現在かなりの場合「〜よね」「〜じゃん」に置き換えられてしまっており、よほど親しい友人に対してとか、感情をこめた場合にしか使われていないのが実態である。特に名古屋の中心部になるほど使われなくなる傾向にある。やはりTVで東京の言葉を覚えられるというのが大きな理由だと思う。この種の動きは東日本のかなり広い範囲に渡っているのだろう。「〜じゃん」はもともと三河弁だが、名古屋で使われだしたのは共通語化した後だろうと思う。
もっとも、高校生以下の人の間で「〜がー」がより多く使われているような印象もあるのだが、筆者の思い込みだろうか。
東山スカイタワー。東山動植物園内にあるランドマーク。前方にある池ではボートも楽しめ、市民の憩いの場となっている。 |
「〜がー」の変形で「〜がん」というのもある。簡単に察しがつくと思うが、
「がー」+「じゃん」 → 「〜がん」
というプロセスでできた。使い方は上と同じ。どちらかというと周辺の弥富町などに多いような気がする。
一方、「〜がや」は現在では、上の例のように相手にお構いなく、自分の感情を一方的に表現する場合に使われる。当然ながら使うのは男のみ。これの変形で「〜げ」というのもある。全くの余談だが、名古屋の某(元)国立大学内の売店に「パンだが屋」というのがある。
なお、「〜がね」は現在では全くと言っていいほど使われない。中年以上では女性語という感じだった。ただし筆者は大須(名古屋版の浅草)で若い女性が「やっとるがね」「あるがね」と言っているのを聞いて非常にビックリしたことがあるのだが・・・。
「〜だろー、でしょー」 〔多〕
・お前、あそこ行ったことあるって、言っとっただろー。だったら案内してくれよ。
・そんなことできんに決まっとるだろー!何考えとるだ!
・それは言っちゃかんでしょー!それ言われたら誰でも怒るよ。
・金曜日は行けんて言っとったでしょー。だったら土曜日はどうなの?
こんなのどこが方言なんだ!と怒られるかな。でも、使われ方がなんとなく方言チックだと思ったので取り上げた。「〜だろー」は男性のみが使用。名古屋弁の元からの言い方で(江戸時代までの「〜であらうず」が変化、第1章参照)の、老若ともに使う。ただかなりキツイ言い方なので、柔らかい言い方をするとなると「〜でしょー」に置き換えられる。ただ両者とも「〜だろー」「〜でしょー」のように後ろにアクセントが付くのが特徴的で、しばしばよその人が名古屋弁ぽいと指摘する(東京弁の場合は「〜だろっ」という具合に語尾を軽く切る発音をすると思う)。
ところで「〜でしょー」は、三重県から来た筆者が当初最も反感を持った言い方だった。
「男が友達同士で『〜でしょー』やとおっ!なんでそんな女みたいな言い方するんじゃ、バカモーン!」
というわけである。で、自分は死んでもそんな言い方はせんぞ!と心に誓ったのだが、いつの間にやら自分でも言っている。自分でも名古屋の人と同じしゃべり方をするようになると、「名古屋弁的な『〜だろー』はやっぱきつ過ぎるな。柔らかく言おうと思うと『〜でしょー』を使わざるを得ないかな。」と思うようになった。「〜だろー」はやはりかなりきつめの言い方になるので、よほど親しい間柄でないと使えない。そんなわけで今や若い人の間では男女とも「〜でしょー」が主流である。
それでは名古屋の中年以上の女性は以前「〜だろー」を何と言っていたのだろうか?今はもちろん「〜でしょー」だが、これを言うようになったのはそう古いことではないらしい。それで色々調べたり観察したりしたが、つい最近「〜だろー」と言うことを確認した。二例ほど聞いたが、そのうち一つは80近く老女が夫に向かって言ったことばで、私は非常にビックリしたのだった・・。
「〜やー」(〜なさい;命令) 〔中〕
・ここに置いときゃー。
・そっちが空いとるから、座りゃー。
・これすごく美味しいよ、食べやー。
・渋滞するだろうから、電車で来(こ)やー。
・ちゃんと注意しやーよ。
数少なくなった名古屋弁固有の言い方の一つがこれ。若者の間でもかなり使われる。
元々名古屋弁の丁寧語で「しやーす」(しなさる)というのがあった。それの命令形が「しやーせ」で(類語;飲みゃーせ、食べやーせ、居(い)りゃーせ)、これは「〜やーせ」が変化したものであることは間違いない。共通語化しても、このような感情をこめた表現では、根っこにある方言的特徴が現れるのかもしれない。筆者などは「非常にカワイイ言い方だ、よいではないか!」と思うが・・。
なお、『Drスランプ アラレちゃん』がよく言ってた「〜してちょー」(〜してちょうだい)は昔あったが、若い人の間では死語である。老人でも使う人はかなり少ない。
「〜じゃんね」 (〜だよ、だよね) 〔多〕
・俺、今学生食堂におるじゃんね。
・何回も電話したんだけど、全然返事が来(こ)んじゃんね。
・そういう場合って、何か言いたくても言えんじゃんね。
よそ者が大混乱!する言い方がこれ。結構いろんな場面で使われるので、意味を知っていたほうがいい。調べてみたが、愛知県のみならず静岡や長野など中部の広い範囲で使われるらしい。私は、ラジオで宇多田ヒカルが「あるじゃんね」と言ったのを聞いたので、東京の流行言葉かと思っていたが、首都圏では「あるじゃん、ねえ」と言う具合に相手に同意を求める場合だけ使われるようだ(使う頻度も少ないよう)。中部ではそれだけではなく、相手が知らなくても「じゃんね」と言う(よそ者は「そんなこと知らねーヨ!」と突っ込みたくなる場合多し)。つまり(〜だよ)の意味で使う。使う頻度も高い。最近の「問題な日本語」の中の「〜じゃないですか」と同様の言い方という説もあるが、確かにそうかもしれない。
もう一つ、純粋・名古屋弁の「〜がや、がね」の影響もあるような気がする。この語は、かなり幅広い意味を持ち、相づちや同意・確認の(〜よね)の意味だけでなく、(〜だよ)の意味も持っていたらしい。これが「〜じゃんね」にも応用された、言い換えるなら「〜がや、がね」に引きずられた「借用翻訳」の一種だったのではないだろうか。方言が共通語(東京弁)化する際、その種の変化が度々起こるという説もある。
テレビ塔とオアシス21 |
名古屋国際会議場。2010年にCOP10(生物多様性会議)が開かれ、「名古屋議定書」が採択された。 熱田区にあり、白鳥庭園が隣接するなど景観の良い地区となっている。 |
栄中心部、夜の光景。仕事を終えた会社員や学生が楽しみを求めて賑わう。 |