大垣駅前の光景。人口15万の岐阜県第2の都市。三重県や滋賀県との交通の便もよく、西美濃の拠点都市の一つである。 |
〜大垣との遭遇と疑問〜
それまで私にとって大垣などどうでもいいような存在だった。せいぜい岐阜県にあるんでしょ、程度の認識しかなかった。「関ヶ原の合戦」時に西軍の本拠が置かれ、もう少しで「天下分け目の決戦」が大垣城で行なわれたかもしれない、なんて話にも「だからどうした!」としか思えなかった。それがどうも独自の価値を持つらしい気付いたのは、ある言語学雑誌の特集を見た時であった。
「変容する日本の方言」(月刊『言語』1995年11月号別冊)は、日本全国から14の代表地点を選び出してアンケート調査を行い、「方言に対する意識」や「方言と共通語の使い分け行動」から日本の方言の現状と未来を考察する、という特集だった。そのが選ばれていたのである※。この「代表地点」というのが、「方言区画の上で要に位置すると思われる地域」という観点から選ばれたと書かれているが、東海地方(中部地方西部)で代表とされたのが大垣だったのである。なんで大垣なのか、名古屋ではなく、岐阜市ですらなく、と言いたくなった。他の代表地点が大都市や地方の中心都市だったりする中で、大垣だけが、はっきり言って異色の存在だったのである。
※ 他の13地点は、札幌、弘前(青森県)、仙台、千葉、東京、松本(長野県)、金沢、京都、広島、高知、福岡、鹿児島、那覇(沖縄県) である。
「水の都」と呼ばれた大垣。写真はその雰囲気を今に伝える「四季の広場」 |
ソフトピア・ジャパン(大垣市)。IT産業の拠点として1998年に完成。情報産業都市を目指す大垣の未来像を描く。 |