天竜川中流の光景。荒々しい岩肌が迫力を感じさせる。
遠州鉄道の赤い車両。東海道沿線と天竜川の中流域を結ぶ主要な交通手段だ。
浜名湖ガーデンパーク。2004年に開かれた浜名湖花博を記念した自然公園。多くの庭園ほか自然・文化施設があり、市民の憩いの場となっている。
@「してる」VS「しとる」 東か西か

既に述べたように、東海道沿いは東日本方言と西日本方言の移行地帯」である。そしてその重要な境界線が遠州の東西にある (5.3(1)の図5.4参照境界線BとCが遠州弁に関係)。
 一つは動詞の進行形で「〜(てる」を使うか、「〜(とる」を使うかについてである。図5.4を見ると、 遠州から東は、東日本式に「〜(し)てる」 という事が分かる。つまり愛知県の東三河までは西日本式に「〜(とる」を使う。これの基盤は「居る」を、遠州ではいる」、東三河まではおる」と言うことである。すなわち遠州からは東日本的な特徴が濃くなるということである。また遠州の人々も「愛知県に入ると、西日本ぽい言葉になる」と認識している。これは些細なようだが、日本全体を東と西の方言に分ける指標として非常に重要である
 もっとも厳密には境界線は浜名湖にある。したがって遠州側でも湖西市では東三河と同じく「〜(とる」を使い、全体的に東三河弁と同質の方言が話される

 しかし遠州の方言が完全に東日本の一員とは言えない。というのも、動詞の否定形が「〜ないではないからだ。図5.4を見ると
遠州までは動詞の否定形は西日本式に「〜ん」 となっている。この特徴は、現在でも若者の遠州弁でしっかり保持されている。用例でも「でき」「分からんかった」「見れんくて」のように多彩である。
 なお、否定形「〜「〜ないの境界線は遠州より東にある

 全体的に遠州弁の特徴を述べると、

遠州弁は東日本的な性格が濃いが、
一部で西日本的特徴もあり


とまとめられる。以上は、「東日本方言と西日本方言というマクロな視点の話である。

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(上)浜名湖を横断する国道1号線。浜名湖は東海道を東西に分ける自然の障壁だった。

(下)浜名湖遊覧船乗り場の光景。対岸に浜名湖パルパルが見える。一時間近くの乗船で湖の広大さが堪能できる。
A「じゃんだら」+「らーらー」

次に遠州周辺のローカルな視点、特に東三河との共通点と違いについて話を移す。同じく静岡県を形成する静岡市など駿河地方との比較はここでは措く。
 焦点は東三河弁でも代表的方言とされるじゃんだらりんおよびらーを使うのかということである。まず同意確認や推量の助動詞である前二者、および最後の「〜)」は遠州でも使われる。つまり、遠州でも「じゃんだら」+「らー」を使う ということである。もともと「〜じゃんは東海・中部地方の大部分で東京語化の以前から使う。「〜だらの前身である「〜ずらは東海・中部地方の大部分で使われていたが、「〜だらが今でも使われるのは範囲が狭まっている三河ともに遠州で「〜だらが使われるのはこの両地域が近しい関係にあることを感じさせる(「〜ずら」→「〜だら」の変化の要因は、共通語の影響を受けつつ独自変化したという説と、三河の「〜だら」が東進したという説が並存している)。
 しかし遠州と東三河との重要な違いの一つが命令形で「〜りん」は使わない ということである。「〜(に相当する遠州弁の柔らかい命令形は「〜もしくは「〜ない」だという。依頼の表現でも三河弁の「〜(して)おくれん」に対して、遠州弁では「〜(しておくんない」と言うように違いがはっきりしていた(坂本幸次郎の論文より、『中部方言考A』所収)。

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 命令、依頼表現以外でも、

遠州弁では三河弁のように文末に「〜を付けることはない

という違いが挙げられる。両者を比較したのが下の表である(山口幸洋の説を基に作成)。

東三河 遠州
そうかん そう
だん
行くぞん 行く

 @Aをまとめると遠州弁は東三河弁とよく似ている しかし違う点もかなりある となる。
 
 次節では遠州の地域性の背景にある歴史を解説し、その後に遠州弁の具体的特徴について述べよう。